今年度大学三冠を成し遂げた青学大。その中心にいた4年生は、2連覇を成し遂げた明治神宮野球大会をもって硬式野球部を引退しました。青山スポーツでは4年生12名にインタビューを行い、青学大硬式野球部で過ごした4年間を振り返っていただきました。最上級生としてチームを牽引してきた4年生の皆さんの熱い言葉を全11回に渡ってお届けします。第10回の主人公は、闘志溢れるピッチングが魅力の青学大のエース・中西聖輝(コ4=智辯和歌山)選手です。
2025年10月23日。中西聖輝は緊張した面持ちでそのときを待っていた。中西が中日ドラゴンズから1位指名を受け、笑顔を見せる青学大野球部の選手たち。だが、中西の表情はまだ緊張したままだ。隣に座る小田康一郎(史4=中京)が横浜DeNAベイスターズから1位指名を受けると、いつもの明るい笑顔が見えた。中西は、小田と揃ってプロ入りの切符を掴んだ。
「康一郎も結構こう、不安がってた。1位でいけるかなあって。2年連続で1位がどうのこうのとか、1位複数人とか、全然関係ないとこで騒ぐ人がいるから、余計に俺らにプレッシャーがかかってたし。どうでもいいやんって思ってたんやけど、いざかからんってなったらすごい批判を食らうと思ってたから余計ふたりともプレッシャーかかってて。だから、ふたりとも選ばれたときに笑ったんかなあと思います。」2023年には常廣羽也斗(24年法卒=現広島東洋カープ)・下村海翔(24年コ卒=現阪神タイガース)が、2024年には西川史礁(25年法卒=現千葉ロッテマリーンズ)・佐々木泰(25年コ卒=現広島東洋カープ)がドラフト1位指名でプロ入りを果たした青学大。3年連続のドラフト1位複数人指名となるのか。中西と小田の指名順位にも相当な注目が集まっていた。中西は指名開始前に深呼吸をついており、試合以上に緊張しているようにも見えた。一巡目で名前を呼ばれたときの率直な気持ちは。「もう嬉しかったです。その一言だな。嬉しかった。こっからもまだ高いレベルで野球ができるっていう喜びがすごいおっきかったです。」

指名の瞬間を待つ中西

ドラフト1位指名でのプロ入りを果たした小田と中西
小学生の頃から真剣にプロ野球選手になりたいと思っていたという中西。その道のりは簡単なものではなかった。
高校3年時には名門智辯和歌山でエースナンバーを背負い、夏の甲子園で優勝投手となった中西。しかし、高卒でのプロ入りの道を選ばなかった。「ただ単純に実力不足。自分の。それを強く感じたので。その状態で、下駄履いた上でプロに入ってもやっぱりしんどいだけだと思ったんで、大学でもっかい鍛えてもらおうと(青学大を)選びました。」 “プロ野球選手になる“という夢を叶えるべく、中西は青学大の門を叩いた。
大学進学を決めた中西にいきなり試練が襲いかかる。入学前の3月に、自身の身体にメスを入れた。「むっちゃくちゃ痛くて。球が投げられへん状態やったんで。」と、手術を決意。野球人生の中で初めて、半年以上もボールを投げなかった。「何をしたらいいかわからない時間がめちゃくちゃ長くて。ただ投げないだけじゃなくて動きに制限があったり、行動に制限があったりしたんで。何をするにも怖さと戦いながらやったんで。すごい難しくて。っていう1年でした。」「めちゃくちゃ痛い記憶で最後野球が終わっちゃってて。8ヶ月まるまる休んだから、急にボールを持ってほんまにいけんのかなっていう。最初はめっちゃ不安と、楽しみとかワクワクは1個も無くて。怖いのと不安っていうのが。また痛くなったらどうしようっていうのがずっと大きくなっていくばっかりだったので、楽しくはなかったかな…投げ始めれても。」と当時を振り返った。不安と戦い続けた長いリハビリ期間を経て、中西は2年生のときに春季開幕戦である駒澤大学との試合でリーグ戦初登板を果たした。
この試合は中西の中で苦い記憶となっている。児玉悠紀(25年コ卒=現JR東日本)に代わり、9回裏に登板。中西は押し出しの四球を与えてしまい、チームはサヨナラ負け。「サヨナラ押し出しした瞬間っていうのは…穴があったら入りたいってその言葉通り、隠れたくなった。」2023年春の青学大は開幕戦以降10連勝で完全優勝を成し遂げた。春季リーグ戦唯一の黒星となった開幕戦は、中西に強烈な印象を残した。

ほろ苦いリーグ戦デビューとなった23年春の駒大戦

2年生からリーグ戦に登板するようになった中西。だが、2年生の最初はあまり上手くいっていない時期だったそう。そんなときに中野真博コーチから掛けられた言葉がとても印象に残っているという。「中野さんは『野球舐めてんのか』とか、強い言葉を掛けてくれる時期があるねんけど。そのときは、『ああもう俺このチームにおられへんわ』っていうふうに思ったぐらい。2年の最初かな、あかんくて。確かに自分でも態度出てるのわかってたし、結果も出てないし、やのに不貞腐れてたり、言われたことに対して反発してみたり。絶対にあかんかった時期にもうほんまにどうしていいかわからんくなって、ひとりでトボトボというか、ちょっとこう悲しくて。なかなか人生で経験したことがない扱いをされたときに、ひとりで歩いてたときに中野さんから『俺は厳しく言うけど見捨てはしないよ』っていう言葉をばって掛けられたときに、『あ、まだ見捨てられてはないんや』っていうふうに思って。『まだチャンス残ってるんや』って。一番下の気分でいたからこそ、そのちょっとした言葉がすごいプラスに感じて。今それ掛けられたところで当たり前やんって思って終わるんやけど、そのときはすごい嬉しくてあったかい言葉に感じて。その言葉っていうのは、最近ふと思い出して。こんなこと言ってくれたなっていうのは覚えてます。」どん底にいたときに投げかけられた中野コーチからの言葉。2年以上経過した現在でも中西の心に深く刻まれていた。

2年生のシーズンは投球回が4イニングに満たず、好成績を収めることはできなかった中西だが、3年生の春に大きな転換点を迎える。リーグ戦初先発を果たした対駒大戦だ。中西にとって、4年間で最も印象に残った試合となった。この試合は児玉に代わって急遽中西が先発。 中西は初先発の試合を、”回ってきた試合”と表現した。先発をしたいという思いは抱いていたものの、相手打者を抑える実力が伴っていない。自身の状況をそう捉えていた中西。そんな中で投げたこの試合は、「より一層集中できた」という。「もうその試合もあんまり覚えてなくて。結構無意識の中で野球やってた感じがあるんで、全然覚えてなくて。結果見たら抑えてたんで。めっちゃくちゃ集中してたんだなっていうのは思います。」この試合は初先発ながら7回無失点9奪三振と好投を見せた中西。優勝決定戦となった対中大3回戦では完投勝利を挙げ、先発投手としても着実に力をつけていった。

リーグ戦初先発を果たした24年春の駒大戦
中西の前には常廣、下村、児玉など、偉大なエースたちがいる。中西は彼らの背中からどのようなことを学んだのだろうか。「常廣さんと下村さんなんかは特に、野球の向き合い方。あのふたりは特に投げることに関しては誰にも踏み入れさせない。寄せ付けないオーラを、球を持ってるときのあのふたりからは感じて。ただやっぱり、ボールを置いて何もしなくなったときは、めちゃくちゃ良い人。コミュニケーション取りやすい人、教えてもらいやすい人やったんやけど、あのふたりは特に。キャッチボール集中してピッチングは集中して投げることだけは輝いてた人たちだったので。僕なんかはどっちかというと投げてるときも投げてないときも全部同じ感じでいってたんやけど、投げるときはほんと集中せなあかんねやっていうのは学ばせてもらいました。」常廣、下村の両投手からは技術的な面で学んだことが数多くあったようだ。
「児玉さんはもうすっごくて。声掛け、人を奮い立たせる能力とか、落ち込んでる選手を見つける能力がすごい高くて。数多くは喋らないんですけど、あの人の一言は僕の中ですごい重たかった、おっきかった、あったかかったのを覚えてるんで、しんどくなったときは結構児玉さんにどうしよう〜って言いに行ったりっていうのがあったんで。あの人はもちろん投げてもすごかったけど、投げるよりもこうやっぱりチームに対してすごい重要な人物だったんで、僕の中では。そういうのを学ばせてもらいました。」児玉からは技術面はもちろん、それ以外の面からも学ぶことが多かったそう。3人のエースたちが、中西を技術的にも人間的にも成長させてくれた。
迎えた最終学年。3年生のときに大学四冠を経験した中西たちの学年が、チームを牽引する立場となった。2年連続の大学四冠達成へ向けて新チームが始動したが、順風満帆なものではなかった。「春優勝できたけどそれもなかなかグダグダというか。勝った試合じゃなくて勝てた試合が多くて。掴めてない感じがすごいして。」納得のいく優勝とは言えなかった春。3連覇がかかった全日本大学野球選手権大会では、強豪・東北福祉大の前に敗れた。中西は先発として登板するも、5回を投げ切れず5失点。悔いの残る結果となった。「あの試合(対東北福祉大戦)っていうのがあって。どうしよっかなって結構あのときは。野球人生の中でも一番滅入った日。帰ってきてからもなかなか人と喋れなくて。結構ひとりになった時間が多かったんで。あの試合っていうのはもう、面白くなかった。」と当時を振り返った。「そういうのも色々ありながら、秋のリーグ戦でやっぱり泣きたくないっていうのがあったんで。みんな多分その一心で、とにかく日本一になりたいっていう。自分たちの代で日本一達成したいっていうのがより一層強くなったんで、秋のリーグ戦と神宮大会っていうのは勝てました。」全日本選手権での敗戦を乗り越えて、秋季リーグ、明治神宮野球大会での優勝を掴み取った青学大。リーグ6連覇、明治神宮大会2連覇を達成し、見事大学三冠を成し遂げた。中西は大学最後の試合となる対立命大戦で17個の三振を奪い、完封勝利を挙げ、有終の美を飾った。

東北福祉大戦後の青学大の選手たち

神宮大会2連覇を成し遂げた青学大
中西は青学大での4年間を、「悔しいことと、嬉しいこと。あとは苦しかった時期、挫折しそうになった時期っていうのが、全てが入り交じった4年間やったんで。良い4年間になったかなっていうのは。最後勝てたんで、そう言えるかなって思います。」と振り返った。手術から始まった大学生活。神宮のマウンドに立つことが叶わなかった1年生、思うような成績が残せなかった2年生の2年間を経て、3年生、4年生ではチームの主力として勝利に貢献。大学四冠、そして大学三冠の大きな原動力となった。
大学4年間で辛かったことやきつかったことは何か。「いっぱいありすぎてわからへんけど」と、色々な出来事を挙げてくれた。手術をしたとき、初登板の試合、全日本選手権の対東北福祉大戦…悔しかったことの方が多い4年間だったという中西。逆に嬉しかったことを問われると、「やっぱり最後日本一になれたこと。去年の四冠っていうよりも、今年のひとつの冠の方が。自分たちの代っていうので嬉しかったです。」と答えてくれた。学生最後となる大会で、”藤原世代”が中心となって掴み取った栄冠。悔しいことの多かった4年間だったが、最後は笑顔で締めくくった。

神宮大会決勝の中西
高校時代から5年間、バッテリーを組んだ後輩・渡部海(コ3=智辯和歌山)への思いは。「いやまあでもどっかでまた一緒になると思うんで。中日じゃなかったとしても、まあまあどっかでまた一緒にやれると思うんで、それまではちょっと辛抱しておくのも。」と笑顔で語った中西。再びバッテリーを組む中西と渡部の姿がいつの日か見られるだろう。

2年生の中西と1年生の渡部
来季、キーマンとなる選手は誰か。中西は悩んだ末、青山達史(コ2=智辯和歌山)、南川幸輝(総2=大阪桐蔭)の名前を挙げた。「打つのは水物っていう。けど、やっぱり率残せる奴、長打打てる奴っていうのが来年のチームは重宝されると思うんで。やっぱり来年は得点力がどうなるかっていうのがすごい大事だと思うんで、あのふたりがちょっと燻ってるようでは多分苦しい試合になると思うから、ふたりが順当に結果出せれば、多分また優勝してると思います。」同学年の4番候補に期待を寄せた。中西は春季リーグ開幕前にもキーマンとなる選手に青山の名前を挙げている。「あのポテンシャルとロマンには賭けたくなる気持ちは結構大きくて。僕が監督でもコーチでも、まあ選手でもそうですけど、『あ、ここ青山じゃね?』っていう瞬間は多々あった感じがします。ただ、やっぱし技術が追いついてない。持って生まれたものだけで戦うには限界があったっていうのが彼の現状やと思うので、早くそれに気づいて、確固たる自信と技術を身につければ良くなると思って。」と、厳しくも愛のある言葉を後輩に送った。今季は途中出場が多かった青山。来季はスタメンで試合に出場し、打線の軸となっていることに期待したい。

青山と南川の活躍に期待がかかる
「選手としてもそうですけど、人として大人になれた。大学生と触れ合うことで高校までの自分が如何に未熟だったか、もしかしたら技術としては並べてたかもしれないけど、考え方の部分、立ち振る舞いの部分とかで、足りなかった部分を3つ上の先輩、2つ上、1つ上の先輩に教えてもらったっていうのが僕は大学で一番大きかったかなとは思います。」青学大で過ごした4年間で、野球選手としても人間としても成長したという中西。昨年12月に行われた優勝祝賀会では母校の中谷仁監督に「高校時代はやんちゃでわがままな選手」と話されていた中西だったが、大学で過ごした濃い4年間が中西を一回りも二回りも成長させた。「人の力を借りる大切さとか、誰かを信じる重要性っていうのは持てるようになったかなと思います。」
3年間で東都リーグ6連覇、全日本選手権2連覇、神宮大会2連覇を達成した青学大。来季は今まで以上にプレッシャーがかかる場面や試合があるかもしれない。中西は後輩たちに「色々先輩たちが繋げてきた記録とかに、苦しい時期も出てくると思うんですけど。そういうのに囚われるんではなくて、各々の代のカラーが出ると思うんで、それをしっかりと発揮できれば結局良い結果が出てくると思うんで。周りの人しっかり信じて、自分だけになるんじゃなくて、全員でひとつの勝ちに執着してくれればいいかなと思います。」とエールを送った。
大学時代と同じ11番を背負ってプロの世界に飛び込む中西。中日ドラゴンズではエース級の選手が数多く背負った番号でもある。「番号がどうとか誰がどうとか、エースナンバーとか甲子園優勝、大学日本一とかそういう肩書きはやっぱりこっから全部捨てたいんで。ついてまわってくるものやけど、僕の中ではそれに潰されることなく、新たな気持ちでスタートしたいんで、また頑張ろかなと思います。」大学野球の聖地・神宮球場のマウンドで輝き続けた中西。昇竜の勢いで、ドラゴンズに勝ちをもたらすだろう。中西聖輝は、プロ野球選手として新たな人生を歩み始める。

(記事=田原夏野、写真=遠藤匠真、比留間詩桜、田原夏野)



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