【陸上競技】 ”全員”の想い届き、成し遂げた史上初2度目の3連覇! ~総合優勝編~

陸上競技
箱根駅伝優勝メンバー

第102回東京箱根間往復大学駅伝競走 1月2日、3日 於・大手町〜箱根

結果
往路 5時間18分08秒 新!
復路 5時間19分26秒 新!
総合記録 10時間37分34秒 大会新 総合優勝!!!

区間エントリー◆
1区 小河原陽琉(総2=八千代松陰)1時間01分47秒 区間16位
2区 飯田翔大(社2=出水中央)1時間06分29秒 区間10位
3区 宇田川瞬矢(総4=東農大三)1時間01分51秒 区間7位
4区 平松享祐(法3=中部大一)1時間00分45秒 区間3位 歴代7位!
5区 黒田朝日(地4=玉野光南)1時間07分16秒 区間賞 区間新!!
6区 石川浩輝(総1=佐久長聖)57分15秒 区間3位 1年生歴代1位!
7区 佐藤愛斗(コ2=小林)1時間02分49秒 区間3位
8区 塩出翔太(教4=世羅)1時間03分45秒 区間賞 区間新!!
9区 佐藤有一(史4=拓大一)1時間07分38秒 区間賞 歴代3位!
10区 折田壮太(コ2=須磨学園)1時間07分59秒 区間2位 歴代3位!

総合優勝が懸かる1月3日の復路。特殊区間である山下りの6区に抜擢されたのはルーキーの石川。石川はルーキーらしからぬ走りで2位との差を更に広げ7区に襷をつなぐ。7区の佐藤愛斗も素晴らしい走りを見せ、首位を堅持したまま襷は3年連続8区に配置された塩出に渡る。塩出は区間新記録を達成。3度目の正直を果たした。その後、9区の佐藤有一、10区の折田壮太も区間記録に迫る快走を見せトップでフィニッシュ。復路優勝を果たした。これで青学大は往路、復路ともに優勝し、完全優勝を成し遂げた。

6区 石川浩輝

6区1年生歴代1位の好記録を打ち立てた石川

往路新記録を達成し、箱根駅伝史に残る大逆転優勝を成し遂げた青学大。復路の始まりの区間である山下りの6区には、ルーキーの石川が大抜擢された。総合優勝の期待を背負って大手町のゴールへと出発した石川。6区は下りのイメージがあるが、実は序盤の5kmは上りである。下りだけでなく上りの能力も重要となってくる中、石川は5キロ通過時点で6区の区間記録保持者である本学OB・野村昭夢(25史卒=鹿児島城西)の通過タイムにあと20秒というところまで迫るタイムで通過し、初の箱根駅伝でも臆せずに上々の立ち上がりを見せる。9.1キロ地点の小涌園前を通過すると、2位・早大との差をじわじわと広げた。13.4キロ地点である大平台を通過すると、小涌園では29秒差だった早大との差を56秒に広げる素晴らしい走りを見せる。17キロ地点の函嶺洞門ではその差は1分23秒まで広がっていた。箱根湯本からは監督車が後ろにつき、石川のラストスパートを後押しした。石川は57分15秒で7区佐藤愛斗に襷をつないだ。石川は区間3位となり、1年生歴代1位の好タイムを記録。青学大に新たな武器が生まれた瞬間だった。

軽快な走りで大平台を通過する石川

 

7区 佐藤愛斗

箱根駅伝初出走となった佐藤愛斗

7区に配置されたのは箱根駅伝初出走の佐藤愛斗。佐藤愛斗は2025年11月の世田谷ハーフマラソンで学内トップの1時間1分57秒を記録。2週間後に行われたMARCH対抗戦でも27分台に突入し、調子を一気に上げ区間エントリー入りを果たした。去年の箱根駅伝では当日変更で出走が叶わず、「今年こそは絶対走ってやるんだという気持ちでこの1年間やってきた」と語った佐藤愛斗。襷を受け取ると、淡々とペースを刻み後続との差を離していく。11.8キロ地点である二宮を通過する時点では、2位集団とは2分29秒差をつけ小田原中継所から更にリードを広げ、個人順位でも区間3位につけた。その後、後ろをつける国学院大との差を詰められるも、佐藤愛斗は落ち着いた走りで対応し8区塩出に襷をつなぐ。佐藤愛斗は区間3位の好タイムで初の箱根駅伝を終えた。しかし、まだ満足はしていなかった。レース後「納得のいく結果ではなかったので、この1年しっかり練習を積み区間新、区間賞を目指して頑張っていきたい」と決意を口にした。

同期・植村真登(国経2=いわき秀英)から力水を受け取る佐藤愛斗

 

8区 塩出翔太

3度目の正直で区間新記録を達成した塩出

8区には、3年連続で同区間を任された塩出が登場。「監督から8区出走を言い渡された時、絶対に区間新を出すことを決意してレースに挑んだ」そう語った塩出は、序盤からハイペースで突っ込むレース展開を見せた。6.9キロ地点である茅ヶ崎では区間記録からも30秒早いペースで通過し 、平塚中継所では1分28秒差だった 2位の国学院大との差は1分45秒まで広がっていた。10キロ地点の給水ポイントでは惜しくも当日変更で出走が叶わなかった荒巻朋熙(コ4=大牟田)が塩出の給水係として最後の箱根路を走った。同期からの力水を受け取った塩出はその後もペースを緩めることなく走り続ける。15.9キロ地点の遊行寺坂の通過時点でも、区間記録よりも30秒早いペースで走っており、目標としていた区間新記録更新に向け視界良好となった。終盤、ペースが落ちかけるも原監督からの声かけで息を吹き返し最後まで駆け抜け、9区の同期・佐藤有一に襷をつないだ。タイムは1時間3分45秒。区間記録を4秒更新し、見事区間新記録を達成。また、区間賞も獲得し3年連続8区区間賞という偉業も成し遂げた。これは本学OBであり、学部の先輩でもある下田裕太(18教卒=加藤学園)に並ぶ快挙となった。

同期・荒巻朋熙(コ4=大牟田)から力水を受け取る塩出

荒巻コメント:(4年間を振り返ると)最後まで含めて一言では言い表せない気持ちです。やっぱり4年目は特別。(後輩たちには)来年再来年、いいチームを作って勝って欲しいなと思います。


9区 佐藤有一

歴代3位の好タイムで区間賞を獲得した佐藤有一

復路のエース区間と呼ばれる9区には最初で最後の箱根路となった佐藤有一が出走した。「早朝2時に起きてしまい、5区の朝日のレースをYouTubeでずっと見ていてワクワクして臨めた」そう語った佐藤有一は言葉通り、期待感を漂わせるレースを展開した。序盤から後続との差をグングンと突き放し、7.8キロ地点である権太坂の通過時点で平塚中継所から10秒以上離す走りを見せる。また、9区は本学OB・中村唯翔(23総卒=流経大柏)が区間記録保持者であるが、佐藤有一はそれよりも約15秒早いペースで走っていた。その後、14.7キロ地点である横浜駅では、佐藤有一から給水を頼んだ同期の石原正翔(地4=八千代松陰)から力水を受け取り仕切り直す。この時点で2位の国学院大とは2分15秒差と先ほどの定点である権太坂からさらにまた15秒以上突き放し、区間記録よりも10秒以上早い素晴らしいペースで終盤を迎える。ラスト1キロを過ぎると原監督からの檄が飛び、スパートをかけた。佐藤有一は1時間7分38秒と歴代3位の好タイムで区間賞を獲得した。寮長として1年間、生活面から部員を統率してきた佐藤有一。最初で最後の箱根路での快走やチームメイトの好走は、佐藤有一の寮長としての責任感が礎となったに違いない。

田中智稀(法1=名経大高蔵)から力水を受け取る佐藤有一

 

10区 折田壮太

チームメイトの待つ大手町のゴールへと向かう折田

3連覇のゴールテープを切るべくアンカーの大役を任されたのは折田。5.9キロ地点である蒲田では2分11秒差、13.3キロ地点である新八ツ山橋では2分23秒差と、ジリジリと、しかし確実に差を広げていく。また、10区は青学大OBである中倉啓敦(23社卒=愛知)が区間記録保持者であるが、新八ツ山橋で折田はそれとほぼ同じタイムで通過しており、区間記録を更新できるペースの走りを見せていた。出雲駅伝後に腹を括り競技面や生活面を見つめ直し、マーチ対抗戦や宮古ハーフで好記録を出して獲得した箱根駅伝10区の座。箱根前の弊部インタビューで「最後は4年生に勝って笑ってもらいたいですし、朝日さんと主務の德澄さんを胴上げしたい」と語っていた折田。最後は大手町の観衆からの注目を一身に背負い、1時間7分59秒で総合優勝のゴールテープを切った。折田は9区の佐藤有一に続き、歴代3位の好タイムを記録した。
青学大は5時間19分26秒の復路新記録を樹立。これで往路も復路も優勝し、完全優勝を成し遂げた。折田はゴール直前では目を潤ませ、右手は指を3本、左手は4本を作り総合優勝のゴールテープを力強く切った。この両手のポーズには2つの意味があった。1つは3連覇を達成し4連覇に向かっていこうという意思表示。もう1つは皆渡星七の存在を刻むため。今回、箱根駅伝を走ったメンバー10人全員が体の各部位に「☆7」のマークを書いて走った。さらに、付き添いの選手など出走メンバー以外も含め「☆7」はチーム全体の誓いだった。折田は報告会で「皆渡さんという方がこのチームにいたことを箱根の歴史に刻みたいという想いで頑張ることができました」と語った。まさに“全員”の想いが結集され勝ち取った総合優勝だった。

3連覇のゴールテープを切る折田

史上初2度目の3連覇で第102回箱根駅伝を締め括った青学大。今大会で、不滅の記録を打ち立てた黒田をはじめ8区で区間新記録を達成した塩出、3年連続箱根駅伝を走った宇田川、最初で最後の箱根駅伝で歴代3位の好タイムで快走した佐藤有一など強力で頼れる4年生たちが卒業する。ただ、昨年とは違い3年生の平松、2年生の飯田、小河原、折田、佐藤愛斗、1年生の石川の計6名が箱根駅伝3連覇経験者として残る。優勝報告会で石川は「これから3年間山を走り、4連覇、5連覇、6連覇と自分の代まで優勝できるように頑張っていきたいと」意気込んだ。箱根駅伝の長い歴史で、大会連覇は1959年の第35回から64年の第40回大会までの中央大が成し遂げた6連覇が最多である。駅伝戦国時代の現在で前人未到の6連覇へ。青学大の挑戦はまだまだ続く。

(記事=久保颯一朗、写真=遠藤匠真・成田紗耶加・竹田集・成田菜桜・東島蒼空・黒川祈・久保颯一朗)

 

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往路で小河原、飯田、宇田川、平松と誰一人諦めることなく前を目指して繋いできた襷を、黒田朝日が圧倒的強さを見せつけ頂点へ。迎えた翌日の復路でも、油断しないどころかそれぞれが区間賞・区間新記録を目指して、見事優勝した青学大。

本学OB飯田貴之選手は「11大学合同箱根駅伝特別号」の取材で、次のように語っていた。

「(昨年)4年生が強い代にしっかり勝ち切ったのはすごく大きい。ここで勝ち続けた青学はなかなか崩れない。その(あいたいね世代の)4年生が抜けた穴は大きいと、世間の目はそういうふうに見ていると思うのですが、箱根に関してはそんなに怖くないです」

飯田貴之選手<提供・富士通>

 

飯田選手は今回の青学大の優勝について、「被っている代のOBの方々の方が彼らの苦労とかも良く知っていると思いますが」と話したうえで、「とりあえずーファンとして劇的な展開に興奮しましたし、最後の箱根でエースの黒田選手に依存しない青学の総合力を目の当たりにしてこれぞ青学と鼻高々でした!」と語った。

かつて黄金世代でも勝ちきれなかったことのあった青学大。しかし、その経験を決して忘れず無駄にせず、経験を積み重ねてきた。歴史を作ってきた先輩と今の青学をつくる仲間全員の想いを背負い、今年もまた、青学大は箱根で圧巻の勝利を収めたのだ。

その10人と共に輝いていた部員たちがいる。エントリーメンバーとして10人が走り出すその瞬間まで走るつもりで準備してきた心強い仲間たち。10人が苦しいときに力水を渡したり、沿道でタイムを伝えて応援するなど、ランナーの一歩を後押しした選手たち。本番当日は10人が走り出すその瞬間から走り終えるその瞬間も共に戦った付き添いの選手たち。「日本一」を妥協することなく目指してきた主務・德澄遼仁をはじめとする男子・女子マネージャーたち。そしてたとえ現場にいなくとも、心ひとつに、共に戦った部員たち。
紛れもなく全員で掴んだ優勝であった。

以下には、4年生を中心に保護者報告会の選手たちの様子を掲載する。あくまでも保護者報告会であるためその場で部員一人ひとりにじっくり話を伺うことはなかったが、後日改めてコメントを頂いた方々の話も含め、期待の1年生・上野山拳士朗(国経1=和歌山北)、松田祐真(地1=大牟田)、德澄遼仁(社4=九州学院)主務、阿戸将太朗(社4=立命館)マネージャー、白石将隆(社4=青山学院)マネージャー、松下勇樹(コ4=創成館)マネージャーに話を聞くことができた。

 

 

上野山拳士朗・松田祐真

松田(左)と上野山(右)

―抱負や意気込みを教えてください

 

上野山:強い4年生が抜けたので、また1からのスタートになると思います。他大学も強いので、今回3連覇は成し遂げましたが、僕ら(上野山、松田は)1年生なので、僕たちの代で6連覇を達成できるように、来年以降も力をつけたいです。今回は自分と松田2人とも出走しなくて勝ったので、これからは2人とも出走して、優勝したいです。

 

松田:自分は今回5区エントリーされて、補欠にまわって朝日さんの付き添いをしてたんですけど、朝日さんが抜けてしまいます。僕、しっかり5区の準備していたので、来年以降自分が3年間山登りを走るんだって言う覚悟と自覚を持って、1年間準備していきたいと思います。

 

德澄遼仁主務

4年生の集合を待つ德澄

―日本一の主務になっていかがですか

德澄:まず、たくさんのご声援ありがとうございました!

今回は朝日頼りのみになることなく、まさに選手・マネージャー・スタッフ全員で勝ち取った優勝でした。
1区であれだけ出遅れれば、普通だとシード権争いになってしまうでしょう。それでも箱根初出走のメンバーが中心になる中であの位置で朝日に繋げることができた。これが青学の強さだと思います。
そして、復路も後続のチームが迫ってくる中、全員が前半から攻めの姿勢で走ることが出来ました。
1年間、全員が「俺が青学を勝たせる」を意識して取り組んだ成果が最後に形になったと思います。運営管理車から見えた選手・給水・計測の全員は最高に輝いていました。

6年間マネージャーを務めた集大成で目標達成でき、悔いはありません!この大好きなチームで主務をさせていただいた僕は幸せ者です。

この大会にご尽力いただいた関係者の方々、応援していただいた方々、本当にありがとうございました!

 

 

阿戸将太朗マネージャー・白石将隆マネージャー・松下勇樹マネージャー

 

―選手としてもマネージャーとしても駆け抜けた4年間だったと思います。この4年間、また3連覇に向けて奮闘したこの1年間を振り返ってみていかがですか。

笑顔な阿戸(写真真ん中)(左・副主将の神田大地、右・松下)

 

阿戸:4年間を振り返って、まず箱根駅伝を走りたいという思いは叶わなかったです。しかし、マネージャーとしてチームを支え、仲間の挑戦や成長を間近で感じられたことは、かけがえのない経験でした。選手とは違う立場でも、勝利に向けて貢献できたことを誇りに思います。この4年間を通じて、夢は叶わなかったですけど、青学を選んで本当に良かったと心から感じています。

この1年間を振り返ると、3連覇を達成した今年は、「王者の挑戦」という言葉通り、多くの挑戦をした一年だったと思います。何度も壁に直面しましたが、その一つ一つがあったからこそ、最後に折田がゴールテープを切った瞬間、人生で一番の幸せを感じることができました。同期の皆渡を含めて仲間と掴んだこの優勝は、一生忘れません。

 

荒巻に抱きつこうとする白石

 

白石:チームに「3連覇しなくては」というような意識は(最初からは)なかったと思います。3連覇は結果として、スローガンにもある王者の挑戦のようにチームにはチャレンジャーという雰囲気の方が強くありました。あとは今年の4年は負けも勝ちも知っているので、負けた時の雰囲気というか、先輩の悔しそうな顔を知ってるので絶対勝ちたいという思いは強かったと思います。あとは皆渡星七。あいつのためにも勝つしかなかった。今年優勝できれば今の下の子も強いので青学初の5連覇が狙えると思っています。私個人で言えば、12月から「本当にこのチームで勝てるのだろうか」「まだやれることがあったのでは」と不安な気持ちもありました。しかしその時々でやれることはやってきたつもりでしたし、信じていました。勝てて良かったです。

 

あいたいね世代の先輩に会えて笑顔な松下

 

松下:今年の箱根では、これまでチームを引っ張ってきた4年生がそれぞれの役割を全うし、最後まで走り切ってくれました。その姿を一番近くで見られたことは、1年間マネージャーを務めた自分にとって忘れられない光景です。正直に言えば、4年間、選手として箱根駅伝を走りたいという想いはずっと心の中にありました。だからこそ、今年マネージャーとして箱根に関わることになったときは、不安や葛藤もありました。

それでもこの1年間、選手とは違う立場だからこそ見えた景色、関われた瞬間がたくさんありました。選手の努力や苦しさ、そして箱根駅伝という舞台の重みを、これまで以上に深く感じることができました。この立場でしか得られない経験をさせてもらえたことを、今は素直に幸せだったと思えます。

4年生がつないでくれた今年の箱根、そして3連覇の景色をマネージャーとして見届けられたことに心から感謝しています。選手としてではなく、マネージャーとしてこのチームの一員になったからこそ出会えた時間と経験でした。

 

 

報告会での選手たちの様子

荒巻「4年生集まって!」

荒巻に抱きつく白石将隆マネ

抱きついた後は塩対応な白石マネにちょっかいをかける荒巻

石原正翔(右)の話に手を叩いて笑う佐藤有一(左)

楽しそうな4年生たち

OB若林宏樹に抱きつく黒田朝日

鶴川正也に花をもらう德澄遼仁

集まっているのは4年生たちだったが、慌てて並んでしまった2年生の折田に全員が注目

実は折田が走って降段したのを見届けたあとの笑顔

OBの田中悠登が大好きな宇田川(左)と平松(右)

それらの瞬間を収めるマネージャー

花を抱える荒巻(左)と德澄(右)

笑顔の石川(左)と佐藤愛斗(右)

今年の1区~10区の選手たちと原監督、德澄主務

エントリーメンバー16人の選手たち

(記事・写真=成田紗耶加、取材=黒川祈・東島蒼空・成田紗耶加)

 

 

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